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カテゴリ:幼児教育

「環境」と八百万の神

 幼児期の教育で言う「環境」とは、なにを指すのでしょうか。それは、物だけではなく人、自然現象、空間、雰囲気等、様々な人、もの、ことが環境と捉えられています。その環境を保育者が(時には子供と一緒に)、子供の発達に必要な豊かな体験が得られるように意図的に関連させ、相互作用が生まれる状況を予測・期待して構成していきます。これが、「環境の構成」と言われる教育的行為です。

 日本には、八百万の神がいると言われています。自然、人、道具、概念、気配等の中に、どこにでも神様がいるというアニミズム的な感覚です。これは、人間がものや自然等をどう理解するか、アフォーダンス理論を用いれば、そこから発せられる様々な情報の内、何をピックアップするかという考え方に至るのではないでしょうか。

 「環境」と八百万の神、とても似ている気がします。環境の構成を行う際の思考として、環境の中にどんな意味を見いだすのかは、私たち保育者に委ねられています。ただ一人でそれを担うのは荷が重すぎます。子供たちの表情や言葉、行動、そして同僚保育者との会話から、多くの刺激を受けることで、たくさんの「八百万の神」と出会うことができるのではないでしょうか。

(中村 崇)

当番を生み出す

幼稚園での出来事です。

初めての給食の日、先生は大忙しです。

 

先生は、ご飯、味噌汁をよそい、おかずを盛り付けています。

 

先生「あー、忙しい、忙しい」

子供「先生、手伝おうか?」

先生「いいの、いいの。これは先生の仕事だからね。あー、忙しい」

 

子供は、ちょっと困り顔。

 

翌日、同じようにやっていると、また、

子供「手伝おうか?」

先生「いいよ、いいよ」

子供「やりたいんだよ。やらせてほしい」

先生「そう。では、エプロンとコックさんみたいな帽子を貸すね」

 

子供たち「えっ!、いいなぁ、私もやりたいなぁ」「私も」「私も」…

 

先生「こんなにたくさんの人がいたら、仕事にならないよ。困ったなぁ」

子供「順番にしたら。チームとかでさあ」

子供たち「いい考えだねぇ」

 

という過程を経て、当番が生み出されていきました。

手伝いではなく、私のやりたいことの一つとして。

 

子供「明日は給食当番だ、楽しみだな」     (中村 崇)

思考力の芽生えを養う保育

 「幼稚園教育要領解説」には、自然と関わることの意味と指導の重点として「幼児期において自然のもつ意味は大きく、自然の大きさ、美しさ、不思議さなどに直接触れる体験を通して、幼児の心が安らぎ、豊かな感情、好奇心、思考力、表現力の基礎が培われることを踏まえ、幼児が自然との関わりを深めることができるよう工夫すること」と述べられている。ここでは、自然に直接関わる体験を通して得られる様々な能力の中で、特に思考力の芽生えに着目し、それを養うための保育の在り方を考えていく。

 

☆不思議さを感じる エピソード1(3歳児 10月)

 昼食時、A児が天井で何かが動いているのを発見する。それは、メダカのいる睡蓮鉢の水に日光が反射して天井に映っているものだった。教師は、それが何かを答えるのではなく、この不思議な体験を大切にし、幼児から考えが出るのを待った。幼児は「やきいもみたい」「トイレみたい」「うみみたい」「ボクシングみたい」「くものすみたい」「もやもやしてるね」「へびみたい」と次々に言った。

 

 思考力というと、今までの経験を新しい場面に適用したり、工夫したりするときに働く能力に目が行きがちである。しかし、試したり工夫したりする前に、関わる対象に心を動かし、好奇心や探究心を抱くことが重要である。エピソード1は、幼児が対象に不思議さを感じて好奇心をふくらませ、様々なものに見立てて遊んだ様子である。このように見立てて遊ぶことにつながる不思議さを意図的、計画的な環境の構成により体験をさせることには、難しさがある。しかし、幼児の表情や動き、言葉を敏感にキャッチして好奇心を抱く対象を捉え、その不思議さやおもしろさを十分感じて遊ぶような機会や時間を保障することが、思考力の芽生えを養うことに有効と考える。

 

☆概念を壊す エピソード2(4歳児 7月)

 B児は、タライの水にビワの実を入れた。当然沈むと思っていたB児は、水に浮くビワを見て驚き「重いのに浮いてる」と呟いた。

 その後、B児は牛乳パックでつくった船を浮かべ、石を乗せた。当然船は沈むだろうという予測の下に石を乗せたわけだが沈まない。次に両手に余るほどの大きな石を乗せた。それでも沈まない船に驚き、友達や教師にその事実を知らせた。興味をもった友達と、「この石ならどうかな」「二つ乗せても大丈夫かな」などと言い合いながら繰り返し試した。

 

 教師は不思議さやおもしろさを感じて遊んでいるB児の心の動きを捉え、すぐに牛乳パックの船を準備した。そのことが、不思議さを追究しながら遊ぶことにつながった。幼児は自分の中にある概念に従い、結果を予測して遊ぶ。しかしエピソード2のように、自分のもつ概念が壊されるような体験をすると、驚きや不思議さを感じる。そして、その追究を通して、新たな概念を形成していく。自分のもつ概念が壊される体験を経て、新たな概念を構築していく中でも、思考力の芽生えは養われていくと考える。

 

☆考えを出し合い高め合う エピソード3(4歳児 7月)

 教師は、幼児が噴水によってボールが押し上げられることなどに気付くことを期待して、スプリンクラーの回転部分を取り外し、噴水のように水が出る装置をつくった。

 C児は、ミニパイロンやカラーボールを噴水の力で飛ばしはじめた。D児やE児も加わり、パイロンやボールを噴水の上に持っていき水の勢いを感じながら手を放す。ものが飛ぶときと飛ばないときの違いは何か、水量を上げて水の勢いを増せばよく飛ぶのではないかと、幼児同士のやりとりから考えが生まれた。そして蛇口のハンドルを回して水量を調節する役と、ものを飛ばす役に分かれて、「出し過ぎ。近づけないよ」「これじゃ全然飛ばないよ」などと声を掛け合っていた。そうした中、F児はペットボトルの口と噴水の口とを合わせ、手で押さえはじめた。ペットボトル内の空気が水かさが増すごとに圧縮され、F児が手を放すと1mくらい飛んだ。「ロケットだ」と幼児たちの歓声があがる。幼児たちは「小さいペットボトルの方が飛ぶんじゃない」とか「もっと水を出せばいいんじゃない」とか意見を交わしながら次々と試していった。すると、F児が持ってきたペットボトルの口が噴水の口径にぴったりと合ってはまった。教師は危険を感じ、近くにいる幼児にさがるよう声を掛けた。ペットボトルは水を噴射しながら5~6m上昇した。歓声が上がる。それ以降は、ペットボトルをセットし終えると、幼児同士で「危ないぞ、さがれ」などと声を掛け合ったり、手をつないで「1・2・3・4…」とカウントダウンではなくカウントアップがはじまったりして、一体感のある遊びに発展していった。

 

 このように、幼児同士が目的を共有すると、新しい考え(遊び)が生み出される。中には、大人も驚くような遊びに発展するときもある。教師は、そのきっかけを確実に見取り、幼児同士が考えを出し合ったり、友達の考えを受け入れたりするよう援助していく必要がある。

 

 自然に直接関わる体験を通して思考力の芽生えを養っていくには、幼児が次のような体験を積み重ねることができる環境の構成や援助を行っていくことが大切であると考える。

○不思議さやおもしろさを感じる事象に出会う

○自分のもつ概念が壊されるような体験を味わう

○共通の目的の実現に向かって考えを出し合う

(中村 崇)

 

本文は、中村 崇(2011)思考力の芽生えを養う保育.初等理科教育 2011年10月号 No569.農山漁村文化協会.の一部を加筆修正し掲載

幼児の運動発達を促す教師の役割

 運動発達について、幼児の行動観察や幼児と関わる教師の在り方の考察から,明らかになったことは次のとおりである。

(1)情動が運動経過の変化に影響を与える可能性が示唆された。

(2)幼児の運動発達に関わる5つの特徴的な行動を見いだした。これは,幼児の運動を見取る教師の視点にもなり得ることが示唆された。

(3)上記の視点を活用する際の幼児と関わる教師の在り方は,教師自身の身体を通して敏感に幼児の内面を感知する姿勢をもつことであると言える。

 

 以下に,明らかになったことがらを詳述する。

 幼児の運動経過を見る視点として従来は,運動そのもの形態の変化を見たり,動作様式と比較したりする方法がとられていた。その重要性を認識しながらも,別の視点からの見方の可能性を探った。そこで着目したのは,運動が起こった背景やそのときの幼児の内面理解を通して運動経過を理解するというものである。特に幼児では,同じ運動でも,そのときの情況により運動形態に変化が見られる可能性があるからである(佐藤1))。

 A児の行動観察からは,緊張や不安,喜びや嬉しさ,楽しさといった喜怒哀楽に伴う運動発生が見られた。すなわち情動が影響して発生する運動があることが分かった。

 さらに,A児の行動観察で得た運動発達に関わる特徴的な行動に着目した。それは,①見る,②身体が一緒に動く,③模倣する,④運動感覚の類縁性(キネステーゼ・アナロゴン),⑤おもわずやってしまう動き,の5点である。

 「見る」とは,他人の動きかたをよく観察して,まとまった動きのイメージを自分のなかに描く行為であると考えられる。「身体が一緒に動く」とは,その対象への運動共感の現れであり,別言すれば,対象となっている運動に引きずり込まれるような感覚を体感していると言えよう。「模倣する」ことについて,金子は,メルロ=ポンティの言葉を引き,「幼児は他者の動きの感じを運動メロディーとしてまるごと知覚し,しかもそれは対私的な運動認識ではなく,他者とともにある意識に基づいて共感する」2)からできることだと言っている。すなわち「模倣する」ことは,「見る」「身体が一緒に動く」と一連をなしており,対象になっている他者の内面を共有している感覚と言えるだろう。

 「運動感覚の類縁性(キネステーゼ・アナロゴン)」とは,目的のために身体を動かした結果,目的とは全く違うこと,しかもできると思っていなかったことができる体験を通して説明されるものである。幼児は,遊びを他の目的のために行っているわけではなく,遊ぶこと自体に真剣に向き合っている。そのような幼児は,遊びのなかで,数多く「運動の類縁性」を体験しているだろうと考えられる。

 「おもわずやってしまう動き」は,客観的に見ると,何の前触れもなく出現する動きである。これは,模倣により,ある程度とらえた運動の感じ(運動感覚)を実感してくると,気に入った動きや気になる動きになっていき,その動きの表出のことではないかと考える。これらの動きは,動きの洗練,成熟に向かっていく過程の行為なのではないかとも考えられる。

 以上のように,幼児の運動をとらえる視点を得ることができた。ここで得た運動をとらえる視点を活用し,幼児の運動発達を促すためには,教師は幼児とどのように関わったらよいのか。その知見も本研究で得られた。頭での理解にとどまらず,教師自身の身体を通して敏感に幼児の内面を感知する姿勢,すなわち,幼児の身体の在り方を教師の身体が感知し,教師の身体の在り方が幼児の身体の在り方に影響を与えるという関わりである。

 

 幼児の運動経過を見る視点として,運動が起こった背景やそのときの幼児の内面理解を通して運動経過を見るという視点からの分析を試みた。そこから分かったことは,緊張や不安,喜びや嬉しさ,楽しさといった喜怒哀楽に伴う運動発生,すなわち情動が影響して発生する運動があるのではないかということである。

 さらに幼児の行動観察から,①見る,②身体が一緒に動く,③模倣する,④運動感覚の類縁性(キネステーゼ・アナロゴン),⑤おもわずやってしまう動き,という5点の特徴的な行動に着目した。これらは,他者の動きを目にするなど外部からの刺激が基になって自分の意識が働き発生する運動であると考えられる。そして,この5点の特徴的な行動は,幼児の運動発達をとらえる教師の観察の視点にもなり得ると考えられる。

 以上の結果から,幼児の運動発達を促す教師の役割を整理すると次のように言える。

 情動が影響して運動経過が変化することが示唆されたことから,不安や緊張感,精神的な圧迫からの解放,言い換えれば安心して遊べる,嬉しい・楽しい感情がわく環境の構成や働き掛けを行うことが,幼児本来の身体活動を保障し,運動発達を促すことにつながるのではないかと考える。

 異年齢児と関わる状況の生成やモデルとしての教師の役割,対象にじっくり関わるための時間の保障,幼児の内面への共感などが,「見る」「身体が一緒に動く」「模倣する」などの幼児の姿につながると考えられる。また教師は,「運動感覚の類縁性(キネステーゼ・アナロゴン)」に関する動作を意識して見ることで,動作の獲得過程を幼児と共に感じることができると推測される。「おもわずやってしまう動き」を表面的にとらえず,一つ一つの動きや行為に意味を見いだし,尊重する姿勢で幼児に関わることも,運動発達を促す教師の役割であろう。

そして,遊ぶ幼児の身体の在り方を教師の身体が感知し,教師の身体の在り方が幼児の身体の在り方に影響を与えるという関係性を十分認識していく必要があろう。(中村 崇)

 

1)佐藤 徹(2014)運動発達査定における動感志向分析の意義,体育学研究59,pp.67-82

2)金子明友(2002)わざの伝承.明和出版:東京,p.408

 

本文は、中村 崇(2016)幼児の運動発達を促す教師の役割,群馬大学教育実践研究第33号,pp.227-235の一部を加筆修正し掲載

キネステーゼ・アナロゴン

 「キネステーゼ・アナロゴン」??????って、はてな?がたくさん浮かびますよね。この言葉、何なのでしょう。キネステーゼとは、身体を動かすときの「コツ」や「感じ」などの運動感覚(「動感」と言う方が学術的には意味が近い)を表すフッサールによる造語です。アナロゴンとは、ある運動のもつ動きの仕組み(運動局面と運動リズム)にほとんど大きな違いがない類縁性をもつ、すでに習得している動きのことです。今回は、私の専門研究領域である運動発達における子供の動作習得やそれを支える保育者の在り方についてお伝えします。

 運動ができるためには、これまでの運動経験をもとにして、「できそうな気がする」と思えるような具体的な動きの感じが必要です。そこで、今までに味わってきた運動感覚と、「今、子供が取り組んでいる運動」の感覚をつなぐ言葉掛けが重要になってくるのです。子供は今までに味わったことのある運動感覚と、これからやろうとする運動の感覚とが似ていることに気付けば、「あの感じでやれば、できそうだな」というある種の自信をもって運動に挑戦していくと考えられます。

 例をあげます。足を地面につかないでブランコをこぎだす感じは、鉄棒の「足かけ振り」のキネステーゼ・アナロゴンと言えるでしょう。また、雑巾を絞る(縦絞り)動作は、棒を両手で縦に持って「グッ」と肘を伸ばして前へ突き出す(剣道みたいな)動作との類縁性があると考えられます。このようなことを念頭に置いて子供との生活を送ると、保育の新たなおもしろさが感じられるかもしれません。(中村 崇)

 

初出:ぐんしよう №204 (一社)群馬県私立幼稚園・認定こども園協会