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新しい感覚を味わう
ビニールプールからあふれ出た水が、園庭を流れていく。私は、乾季の大地に突如押し寄せるように静かだがあたかも命が宿ったような水の流れに心動かされ、「おもしろいなぁ」との思いで見ていた。誰かと共有したくて、近くを通りかかった3歳児のA児に「あっ」と言い、指をさしながら注意を向けた。
これがA児との出会いである。
A児は、乾いた地面を進む水を見て、そして私の顔を見たかと思うと、急いで砂場へ走って行き、タライに汲んである水をコップですくい再び私のところに戻ってきた。乾いた地面を進む水の最先端に、そのコップの水を注いだ。そして私の顔を見て「ニヤリ」とした。私が「おう」と声を上げながら、「そうそう、この進む水、おもしろいよね」という思いで笑顔を返すと、もう一度砂場から水を持ってきて同じようにした。
その後A児は砂場で、既に誰かによって作られていた山の周りに溝を掘り水を流すことを30分以上続けた。A児なりに、様々な試みをしているように見えた。その間、時折、近くにいる私の顔を見たり、笑顔を向けたり、持っている道具を見せたりしていた。私も、目を大きくしたり、「わあ」と感嘆の声を上げたりしながら応答していた。
園庭南側にある3m弱の樹木間には、2本のロープがピンと張ってある。1本は地上30cmくらいのところに、そしてもう一本は地上1mくらいのところに張ってある。まるで弾力性のある鉄棒のようだ。
裸足のA児はI先生の手を引き、この2本のロープのところまで招いた。
「見ててね」という表情で下のロープに乗り、上のロープを片逆手(右が逆手・左が順手)で鉄棒のように握った。右から片足ずつ上のロープに裸足の指を掛け、「蹴上がり」に向かう過程の体を「く」の字に曲げ足先を鉄棒に近づけるような姿勢を数秒間、維持した。
見ていたI先生は、「すごい、すごい技、さっきとちょっと違ったねえ」と称えた。I先生は「A児と同じ」という思いからだろうか、A児の顔を見ながら片足を上げて伸ばし、「サルみたい」と伝える。A児の表情が更に緩み、白い歯を見せながら、もう一度する。今度は右足はロープに掛かったが、左足はうまく掛からず、地面へ着地する。
A児が振り返るとI先生は他の幼児に関わっていて見ていないことに気付く。すぐにI先生のところに行き、他の幼児が持っている虫かごをI先生に促されながら覗くが、手はI先生の腕を取り、自分のところに再び来るよう促す動きをする。しかし、虫が小さいという話題になり、A児も話を合わせて両手をパチパチ打ちながら「ちっちゃいねぇ、あおむし」と言い、近くにいる私の顔を見る。そして、再びロープに戻るも、振り返り、「もうちょっと、このぐらいだった」とI先生と他の幼児の会話に呼応するように左手で小さい虫を表現し、更にI先生の応答を受けながら下のロープに乗り再び「『く』の字の姿勢」をとる。しっかり両足が掛かった状態で、身体が2往復、揺れる。「すごい、ブラブラだ」「さっきと、また違ったね」とI先生が言葉を掛ける。
B児がA児の右隣にやってきて下のロープに乗り、上のロープを首の後ろで担ぐようにして順手で握る。そして、横目でA児のすることを見る。
A児は、今度は逆手でロープを握り、「『く』の字の姿勢」に臨む。右足の指はしっかりロープに掛かるが、左足がうまく掛からず、しかし左足を下げずに高い位置をキープしながらなんとか引っ掛けようとする。身体は先程のように揺れている。前へ揺れるときに、左足をロープに掛けようとする。左足は左手の外側(左側)にいき、一瞬ロープに左足が触れ地面に下りる。
I先生が、二人がロープに乗っているのを見て、「AちゃんとBちゃん(二人とも同じ名前:○○ちゃん)、二人○○ちゃん」とその様子を他の幼児に伝えている。
B児もA児と同じようにしようと試みる。B児は順手で、左足をまずロープに掛けようとするが、うまくいかず、ぶら下がった状態になりつつ膝を上げて地面に足がつかない姿勢を少し揺れながらキープする。
A児は、ロープにぶら下がっているB児を見て、「よし、やるぞ」という感じで、逆手でチャレンジするがうまくいかず、地面に下りる。もう一度チャレンジすると、今度は右足がしっかりロープに掛かり、続いて左足も掛け、身体が揺れながら姿勢をキープする。
B児はそれを横目で見た瞬間、ロープから下りて、靴を脱ぎ、靴下を脱いで裸足になる。
私は、二人の姿を背後から見ていたが、ここで二人の正面に移動した。するとA児は地面に立ちながら、上のロープを逆手で握り、私の顔を見ながら歯を食いしばって強く引いたり押したりを繰り返す。横にいるI先生の顔も見る。そして、下のロープに乗り、挑戦する。左足が掛からないうちに右足に力が入ったままロープから外れて、勢いよくまるで鉄棒技「グライダー」の着地のようになる。びっくりした表情でI先生を見てから私を見る。そしてすぐにまた挑戦する。右足が掛からず、ゆっくり着地して、すぐにI先生を見る。
裸足になったB児はロープに戻って、チャレンジすると「『く』の字の姿勢」ができた。それを見ていたI先生は「できた、できた、Aちゃんと同じ、足も同じ」と言葉を掛ける。
その時、C児がI先生の傍らに来たが、A児がロープを握っている位置にも非常に近く、その圧からか、A児はうまくロープを捉えられず手が離れ、下のロープから落ちた。慌てて下のロープに跳び乗り、ロープを握り直すと、順手になった。その握りのまま、「『く』の字の姿勢」に臨み、成功する。しかし今までのA児の姿と少し違う。肩が後方に傾き、首も後方へ投げ出され、後ろの景色が見えるような状況で、力みがなく、リラックスしているように見える。A児は地面に下りた後、満足げに手をポンポンと叩き、再びチャレンジする。まず揺れているロープを片逆手で安定させるように握り、その後順手に持ち替えて、「『く』の字の姿勢」を成功させた。快さを感じているような清々しい表情であった。
- A児との出会いの情況、砂場でA児を見守る私の姿勢(構えといってもよい)により、かなり短時間にA児と信頼と呼べる関係が構築された。
- 私の応答は、言葉のやり取りよりも、「おもしろい‼」「不思議‼」という感覚が振動しあって伝わり合っていくという関わり。
- 深い信頼関係にあるI先生を支えに、そして「先程会ったばかりだけど自分をよく見ていて、おもしろがっているおじさん」の私を支えに、A児は砂場での長時間に及ぶ様々な試み、ロープに関わっての試行錯誤を行っている。
- 先生の言葉「さっきとちょっと違ったねえ」「すごい、ブラブラだ」「さっきと、また違ったね」等は、前の自分との比較、身体の状況を表し、A児に自身の運動の経過を意識化させている。また、「AちゃんとBちゃん(二人とも同じ名前:○○ちゃん)、二人○○ちゃん」は、他者(B児)の存在を顕在化させている。
- 片逆手だと揺れているロープを安定させられること、逆手だと足を掛けるロープに集中できること、そして逆手だと肩から首にかけても強く力が掛かり、それが身体全体にも影響を及ぼすこと、順手だと肩や首の力が抜け、肩から首が下へ向くので両足が上がりやすいこと、などを感覚として味わったのだろうか?
- ロープに関わっていくときに、最初は「先生に見てほしい」から中盤では「B児を意識して」、最後は「『く』の字の姿勢」の快さを感じて、というふうに内面に変化が起きているのではないか。 保育者がおもしろがって見ていてくれるという安心感(信頼関係)があると、子供は自ら挑戦していく。見ていてくれる保育者を踏み台(足場)にして、自分のやりたい世界に進んでいく。
- 困ったときにいつも助けてくれる先生ももちろん大切だが、「おもしろい世界を一緒に見て共感する」ことの中で、信頼関係を築いていくことも大切。
- 私は「誰かと共有したくて」と表現した。大人からも発信する。「先生が感じているおもしろい世界を一緒に見て‼」という思いである。今、もしかしたら足りないかと思う保育者の働き掛けが、ここにあるように思う。絵本を選ぶときも、遊びを創っていくときも、世の中にはこんなおもしろい世界があるんだよと、子供と共有したくて「もの」を出したり、言葉を掛けたりしても、時にはよいのではないか。